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安重根

2012.01.11.08:00

ついに
ついに
ついに
ついに
ついに…



(」`ロ´)」<卒論が終わったぁあああああ―!!!!
ャッタネェ━━v(o>Д<o)人(o>Д<o)v━━━!!!
ヽ(*´v`*)八(*´v`*)八(*´v`*)八(*´v`*)八(*´v`*)ノ



叫んでしまってすいません(*^▽^*)ゞ
私、らん姉ちゃんは本日卒論を無事終えました!
応援して下さった皆さまありがとうございました(o ̄∇ ̄)/ ♪



卒業を間近にひかえて、
なんだかひとりで4年間の思い出にひたったり・・・
しみじみしてしまうことが多い今日この頃です(● ̄  ̄●)


ところで、皆さん安重根(アン・ジュングン)という人物を御存じでしょうか?

Thinking Time!!!





そう!
韓国が日本植民地時代に初代統監伊藤博文を殺害した民族独立運動家です。
韓国ではかなりの英雄です。
でも、逆に日本ではテロリストと言われてしまっているんです・・・


みなさん、知っていたでしょうか?
hanaさんは私が教えてなかったら一生知らなかっただろうっていってました笑



私は実は卒論で安重根について書いたんです!
ここにドドーンと私の汗と涙の傑作である卒論を載せようと思います!!!
   

どど~ん!!(ノ`⌒´)ノ ミ[卒論]゛



っていうのは、冗談で・・・
かいつまんで安重根の生涯だったり、
その生涯を知って感じたことなんかを書いてみたいと思います!!







まず、安重根の生涯から・・・


話は韓国が日本に併合される前、1910年以前のこと。
日清戦争や日露戦争、そして韓国と日本の間に不平等条約が結ばれて、
日本が韓国への侵略を強めてきました。

安重根は、民族独立運動家の一族に生まれ、
27歳の頃から韓国を日本の支配から救うため、
韓国が列記とした独立国家として立つため
に、民族独立運動を始めました。


愛国啓蒙運動という民衆の愛国心を学校で教育する運動や、
新聞などで広く世界に韓国独立の正当性を知らせる運動もやりました。
それから、義兵闘争という武力で日本軍に抵抗する運動もしました。


愛国啓蒙運動と義兵闘争の違いとか
もろもろ言いたいことはいっぱいあるんだけど、
ここは省いて・・・

安重根は多くの民族独立運動を起こしてきたんだけど、
結局それは成功しなかった。




それぞれの運動に限界があったり、
民衆がひとつとなることが出来なくて、
韓国を日本から守っ独立させるっていう夢は叶えられなかった。



だから、安重根最終手段として
当時韓国侵略の総責任者だった伊藤博文を殺害するっていう手段に出たわけです。
伊藤は殺害出来たんだけど、
結局安重根の夢は果たされずに1910年韓国併合




ちょっと難しかったかな?
少しは安重根について分かったでしょうか?


英雄なんて言われてるけど、結構苦しい人生だったんだなぁって私は思いました。
伊藤博文殺害後処刑されちゃうんだけど、その5か月後に韓国併合されちゃうんです。
安重根の頑張りはなんだったんだあ―って思っちゃうよね~・・・・<(|| ̄口 ̄)>
挫折だらけの生涯だったんですね~ ...orz



長くなってみんな疲れたと思うので、
私がそこから思ったことはまた次回!!!



私の卒論の結論を聞きたいわ☆っていう人は
次回また読んでくださいね



よかったら、こちら↓↓をクリックしてくださいm(uωu*m)゛
     


tag : 安重根

comment

Secret

No title

2012.01.12.14:30

卒論おつかれ!!

らんねぇちゃんがいなかったら、
安重根をしらないままだったよ笑

No title

2012.01.12.13:54

安重根の話は日本史で習ったので知ってました。国を思う責任感はぜひ見習いたいですねぇ!

卒論修了、おめでとうございます。。。

No title

2012.01.12.13:52

みなさん、コメントありがとうございますv-354

シェフさん、ちょっとイイ話感動しました!!

コウちゃん、近々会えそうな予感・・・v-344

次の更新もお楽しみに!!

ちょっといい話

2012.01.11.18:55

安重根の死から30年後。

安重根の息子でカトリック信者であったとされる安俊生は、博文寺(暗殺された伊藤博文を祈念するために建立された寺院)を訪れ、焼香をしている。
さらに、伊藤博文の息子である伊藤文吉とも面会し、一緒に写真を撮ったとされる。

安重根はきっと人一倍平和を切望していたのだろうけど、時代背景が彼を暗殺に転じさせたのだろう。
その後、安重根も日本によって収監のち処刑され、結局、痛み分けというかたちに…


しかし、安俊生は一つの小さな平和を実現している。

お互いの国の背景が、それぞれの親を殺してしまったのだが、
安俊生は博文寺で「死んだ父の罪を私が贖罪して全力で報国の最善をつくしたい」と残している。
その行動に心動かされ、伊藤文吉は安俊生と会見することを決心する。
その時の写真は毎日新報に《劇的な対面・如兄若弟(兄弟のよう)、呉越30年永釈(永遠に解く)》という題目で記載されている。


安重根の平和への想いは息子に相続され、小さいけれどそれぞれの心に温かな光をもたらした。
歴史の側面にはこうしたことがゴロゴロ転がっているものなのかもしれない。

2012.01.11.13:55

終わったんですかおめでとうございますm(__)m

No title

2012.01.11.10:57


らんさーん(^^)/

卒論終了おめでとうございます!

また会えるの楽しみにしてます★

プロフィール

KANAZAWA-CARPER

Author:KANAZAWA-CARPER
金沢CARP(原理研究会)です!!定例研や国際交流プロジェクトの情報に加え、金沢CARPの笑いあり、涙ありの活動の日々をつづっています♪

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